200405 ATTACK PROOF編

2004年5月
NYに行く前、ロバートから「NY警察やアメリカ海軍で戦闘を教えていて誰とでも戦い負けた事がない人がいる。」という話を聞いた。それだけでは「武術家にありがちな尾ひれのついた武勇伝だろう」と思い大して興味をそそられなかっただろう。しかし「どの“スタイル”“流派”で、という戦いかたではなく、状況に応じ動く」という言葉に、ぜひ会ってみたいと思うようになった。

というのは、武術の本質は突き詰めると最終的に同じになるからだ。実際戦いの場では「●●が来たら■■拳の▲▲の用法でかわし」など悠長な事は言っていられない。瞬間瞬間で体が処理出来なくてはならないのだ。常に型通りでない場に、瞬間に対応し動けるようになっているという事だ。
私はパーキンス氏に会うのが大変楽しみになっていた。

0409_01ここでパーキンス氏はどのような武術を学んできたかを簡単に書こう。 5歳からアメリカインディアンの格闘方法を学んだのをはじめに、その後多くの武術や戦闘訓練を研究した。そして警察陸軍士官学校に入学し訓練を受けたのち警察官として働き、科学捜査の研究、VIPの護衛・保護プロジェクトなどに携わり、また海軍や警察で戦闘を教えていた。 私たちは、ニュージャージ州のローカル線の終点からひとつ手前の駅にあるモールで行われている教室に行った。CITY内の教室は弟子に任せておりパーキンス氏が来ないからだ。モールは日本の郊外型ショッピングセンターのようなもので、買い物も出来るし、スポーツ関係の教室などもある。

19時からの教室だったので夕方に到着したが、駅で話しをした地元の女性から、NYCITYに帰り上りの電車がもうないと知らされた。まったく知らない土地で周りを見渡すかぎりHOTELらしきものはない。もしかしたらNYCITY行きのバスがあるかも知れないということだが、これも確証はない。もうあたりは夕闇に包まれている。帰れるのかどうか一抹の不安を感じたが、不安よりもパーキンス氏の武術への興味の方が勝っていた。駅で知り合った親切な女性にモールまで車で送ってもらい教室に到着した。

もう教室ははじまっていた。パーキンス氏は快く迎えてくれ、早速動いてみようということになった。私たちは着替えもせずに私服のまま裸足で動くこととなった。 パーキンス氏ははじめに簡単に彼の武術の説明や練習方法の意味などを動きながら私たちに説明してくれていた。

一通り説明を聞いた後、阿久澤代表が少し動いて見せた。パーキンス氏はその動きをみて「私がアメリカで見てきた空手の人たちでは君にはかなわないだろう」と興奮ぎみに言い「手合わせをしてみましょう。」と言った。 まずロバートが黒人の一番弟子と思われる方と手合わせをした。 お互い初対面の初手合わせということもあり緊張が伺えた。ライトコンタクトで組み手を行い、時折顔面を殴打する激しい場面も見られた。

次ぎに阿久澤代表が手合わせをした。「好きなようにやってみてくれ」と言うが、約束組み手の対練ではないので、お互いの力量を探りながらの自由組み手のような形でしか表現できないと感じた。状況としては相手の攻撃をはずし中心をせめ、時折顔面に掌打をいれ、攻撃のリズムをはずしていた。相手も黒人という事で手の技の速さとスピードがあったが、阿久澤代表が体さばきをしてバックをとるシーンもあった。こういう状況での手合わせは“こうきたらこうする”みたいな約束がないため、お互いの緊張感が見ている私にも伝わった。

私は武術を学んでいるとはいえ女性なのでどうしても男性にくらべて体格的には劣る。正直に言えば、体格に違いのある女性が、男性と同じように技が出来るかと言えば難しい部分がある。 例えばある動きを行うのに「体のこの部分の力みを抜いて別の部分から出力する」とする。その動きをする為には「体のこの部分の力みを抜いて別の部分から出力する」為の身体ができていなくては、その動きには出来ないのだ。“身体が出来る“というのは”筋肉がつく“という意味だけではない。むろん必要な筋肉もあるのだが、すじや骨、神経や感覚の発達、動きを知覚できているかどうか・・・など、これらの要素をすべて含めて”身体が出来“なくてはいけないのだと思っている。

ふとパーキンス氏が「あなたは女性だ、戦う一つの手段として、相手の顔をこのように攻撃しなさい」と私の手を自分の顔へ持っていった。それは間違っても“鍛錬もせずに極論として顔を攻撃しろ”と言うようなレベルのことではない。武術の本質とはこういうものだということを表している。武術とルールの決まった中での格闘は定義している所が違うのだ。

日本に精神誘導が練習体系の中にある古流の武術がある。精神誘導というのは極限の戦う状態に精神を持っていくものであるが、それはもちろん鍛錬を積み重ね、武術として使えるようになった上で初めて学び生きるものである。

精神誘導が訓練体系の中にあるというだけで鍛錬せずに精神を変えて戦う武術だという解釈をされる方もいるようだが、武術を理解しているのであればそのような勘違いは生まれないはずである。 武術は人の生き死にを扱うものだ。それがどのような意味をもつのか、どれ程の人が理解しているのだろうか。視座が異なることを認識せねばならない。

基本を積み上げ鍛錬に鍛錬を重ねた後に、さらに自分なりの体格・資質を鑑みた鍛練方法を自分で模索し意識変革しなくては武術というものにはならない、今後もさらなる進化をすべく鍛練を続けたい・・と阿久澤代表が語っていた。

今回パーキンス氏とは全く面識がなく、NYに行く前にロバートより連絡を取ってもらい交流の機会を頂いた。誰かの紹介でいったのであれば知らなくても丁重に接してもらえるだろうが、我々は会った時はお互いどのような人物で武術のバックボーンも何も知らない状態であった。 武術の世界を知っている方ならお分かりになるだろうが、流派同士の関係やマナーなどは独特な世界観がある。

なので、パーキンス氏に会い両者の信頼関係がなくては安易に写真を撮れないと思い、交流が進むまで撮影を控えた。私のこのような心配は全く必要なかったかのように、阿久澤代表が動いて手合わせをし相手の弟子にインパクトを与えた所感銘し、帰りに是非食事に行こうと強く誘われた。だが我々はNYCITYへ帰らねばならず、その場を辞さねばならなかった。何かあればいつでも連絡をとパーキンス氏は連絡先を教えてくれた。

NY武術交流では、どの国、何の流派でも関係なく、すべてその個人にかかっているという事、本質を追及している人間どうしは通ずるものがあると感じた。 この経験を生かし謙虚さを忘れずますます鍛錬を続けようと思う。 最後に、連絡に通訳に奔走してくれたロバート、お疲れさまでした。

(Nori)

番外編
パーキンス氏の誘い辞したわれわれは、脱兎のごとくバス停に向かった。しかし時すでに遅し。。。バスはもうなかった。
我々が乗ってきた路線と別の路線の電車が、まだ動いているかも知れないという。ロバートが白タクの運転手と交渉し、他の路線の駅までタクシーを走らせた。夜十時前で日没の遅いNYでもあたりは暗闇に包まれている。

そして見知らぬアメリカの、家などがあまり見当らない土地に、ガイドブックに書かれている旅行に纏わるトラブル話が脳裏をよぎり、私は密かにどきどきしていた。20分ほどで駅についた。電車が止まっている。 「これで帰れる。。。」

NYCITYに戻ってきたのが夜11時半ごろ。スムージーのお店に立ち寄り疲れを癒した後、阿久澤代表、ロバート、私は、コーリアタウンに向かい夜中の12時すぎに炭火焼きのおいしい焼肉店で遅い夕食を食べた。しかし私は交流での緊迫感からの開放と無事に戻ってこれた安堵から、焼肉を目の前に不覚にもお店で爆睡してしまった。あの日食べ損ねた焼肉が心残りでした。。。

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200405 NY武術交流記

01_012004年5月

今回のニューヨーク武術交流は、武術クラス会員のロバートが仕事の休みをとってニューヨークに戻るのがきっかけだった。ロバートがニューヨークに住んでいる時に学んでいた意力拳のマスターサムの所に行き武術交流をすることになった。 ここでマスターサムについて簡単に紹介させて頂く。マスターサムはマレーシア出身。若い頃はタイ式キックボクシングのチャンピオンで、父親から意力拳を手ほどきを受けており、現在の意力拳をアメリカを中心にロシア/ヨーロッパ等、世界中で教えるに至っている

01_02第一回目の交流はロングフライトと時差で疲れが残っていたが、チャイナタウンにある教室に参加させて頂いた。締め切った暑い教室で、まず他のお弟子さんたちと一緒に基本をこなした。練習のシステムは推手を行うのに直結した体作りができるような形を何種類も(約1時間程だろうか)行う。とてもわかりやすく後に行う推手につなげやすいシステムになっていることに感心した。

基本が終わった後は推手を行った。私は、日本で意拳(大成拳?)を学んでいたが現在仕事の為にニューヨークに住んで4年ほどサムの教室で練習しているという方にやり方を教えて頂いた。意力拳での推手は両手で行い、お互い相手の上をとり、崩しあうというもので、身体全体に外側の張りを強く使っているのが特徴だ。(これは後に抜く為にという事のようだ。)

阿久澤代表は体に張りや緊張を作らない。といっても、これは力をいれない・力がないという事と全く異なる。張りや緊張はないが瞬間に力を伝達できる身体を作るという事だ。私見だが、一般的に中国武術で推手(特に日本で聴勁または”化剄と称されている技術)というと、力を使う事は技がないと解釈されがちだが、これは”力”に対する概念が異なっているように感じている。

01_03阿久澤代表はすでにいろいろなお弟子さんと推手をし、マスターサムの一番古い弟子のデイブと手合わせしていた。意力拳のお弟子さん達は体格もあってか、かなり張りが強い中で、デイブは柔らかく、かつ身体から出す力が整っていて聴く力及び崩しも早く、相手の動きをコントロールする反応を持っていた。日本で一般的に行われている推手技法ではデイブにあっさり崩され、もっていかれるだろうと阿久澤代表が帰りに話していた。

アメリカでの武術というと大雑把(力や体格に任せて)というイメージを持っていたのだが、デイブに会ってアメリカの武術に対するイメージは大きく変わった。緻密に研究し本当によく鍛錬されていた。国も流派も関係ない、個人なのだとつくづく感じた。 この日は初日という事も有り軽く交流し、チャイナタウンでマスターサムたちとマレーシア料理に舌鼓をうち、一回目の交流を終えた。

01_04二回目はニュージャージーの仏教寺院内の教室に参加した。 前回同様に他のお弟子さんに混ざって基本訓練を行っているとマスターサムが「あなたたちはせっかく来たのだし、時間もないことだから基本功よりもっと深く推手をやろう」と言われ、私はマスターサムの娘さんと推手を行った。サムの娘さんもかなり張りが強いし足から背中、腕に力が伝わっている。 阿久澤代表はデイブと手合わせした後、マスターサムとも推手を行った。

「意力拳の鍛練された人の感覚は、足からの力がしっかりセンターに向かい両軸からの張りと重さが私の身体にずっしりと伝わってくる感じだ。」しかしそれに対して、阿久澤代表はサムの張りからくる力に反応せず、体を緩め肩の力を抜き、力の発動を後の先でとる形でコントロールしていた。頭でどれほど理論を知っていても体が鍛練されていなかったら瞬間的な変化に対応するのは厳しい。武術としての身体作りが重要だとしみじみ感じた。

01_05練功と推手が直接つながるような体作りをしている意力拳のカリキュラムが組まれている事は素晴らしいと思う。 最後にお互い頑張りましょうと言って握手をして交流を終えた。

本来推手というものは訓練の一過程の方法であるがゆえに、自分自身が相手に接触した中での自らと相手の力の伝わりや微細な動きを知る為の訓練という認識を持って行う上では有効であるが、決められた枠組みの中でのみ単にくり返ししていても、その範囲内での技法に溺れてしまうと、表面的なテクニック論に終わる恐れがあると感じた。 私も武術を10年学んでいるが、何をすべきか解り、やっと入り口に立てたような気がする。今後私自身鍛練していく中でより多くを認識し課題としていかなければいけない。

(Nori 阿吽会武術クラス)

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